文明社会に住む我々は生活に必要な様々な尺度、例えば長さ、重さ、時間、温度を考案し、それらを正確、精密に計ることで社会を発展させてきました。

 一方、我々が日常経験する事象、朝の空気が爽やかだとか、自動車の乗り心地が良いとか、夜景がロマンチックというような感覚や情緒的経験は前述の尺度で計測することはできません。例えば、赤ワインをきき酒する手順を考えると、先ずそのワインの色、香り、味の特徴を把握し、出来れば数値化する。次に知識のライブラリーの中からそれに近い産地、銘柄、更に生産年の変動幅以内にあるかどうかを検討し、それらの特徴を誰にでも理解できる言葉で表現する。これが官能評価です。

 考えてみると、我々はこのような行為を無意識のうちに常に行っており、官能評価は極めて身近な行為であり、食品から服飾、自動車、建築まで品質、工程管理に必要不可欠な手法です。

 この手法は人は食物や薬、毒物を認識して生き延びてきましたし、美しい物に感動し、それを言葉や絵画彫刻などに表現して優れた文化を我々に残してくれたのです。服装や建築のデザイン、機能など、現在我々が享受している高度な文明も官能評価無しでは考えられません。

 例えば、食品については最近の食品成分の微量分析技術の進歩や官能評価の結果の数理統計学的処理法の発展などにより、感覚的刺激と成分組成の関係が部分的にせよ明らかになりつつありますが、同時に感覚の基礎をなす神経生理学やその時々の心理的要因がより強く認識され、食文化も含めてこれらの分野でより高度な研究が進み、それらの成果がまとめられて、実用化されることが強く求められております

 官能評価を学問として総括し、各分野の情報交換を深め、その幅広い応用について討議する学会を待望する声の高まりが日本官能評価学会を設立させたといえましょう。

日本官能評価学会 顧問 吉澤 淑